大判例

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最高裁判所大法廷 昭和25年(オ)206号 判決

上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外一名

被告人 ジヨン・オウエン・ガントレツトこと岸登則親

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

上告人指定代理人石井良三、同堀内恒雄の上告理由について。

記録によれば、被上告人の本訴請求の要旨は、被上告人は明治三九年三月一日岡山市において英国人エドワード・ガントレツトの長男として生れ英国籍を取得し爾来引続き、日本に居住するうち、昭和一六年一二月八日大平洋戦争の勃発に遇い、その本国である英国と日本とが戦争状態にあつた同一七年五月頃、内務大臣に対し帰化の申請をなし、その翌一八年二月六日これが許可を与えられたものであるが、この許可処分は原判決事実摘示掲記の(一)の(イ)乃至(ホ)の五事由により法律上無効であり被上告人は形式上許可処分あるに拘わらず日本国籍を取得しなかつたのであるから、その日本国籍を有しないことの確認を求めるというのであつて、これに対し原判決は「本件帰化申請並にその許可処分のあつた当時施行されていた国籍法(明治三二年法律六六号、以下旧国籍法という。)七条二項五号の規定によれば、帰化の申請を許可せんとするには、その申請人が無国籍者であるか又は日本の国籍を取得することに因つて自動的に従来そのものの有した外国籍を失うべきことを、必須の条件としている。それは旧国籍法を貫く二重国籍禁止の精神に基ずくものであつて、この条件の充足は帰化申請に対する許可処分の有効要件をなすものと解するのを相当とする。従つてかゝる条件を具備しないものの帰化申請を許容しても、かゝる許可処分はその有効要件を欠き法律上当然無効といわざるを得ない。然るに英国においては判例法上戦時中英国人が敵国に帰化しても英国籍を失わないものとせられているのであるから、太平洋戦争中になされた本件帰化の許可処分は、被上告人をして英国籍を喪失せしめることなく、従つて前示旧国籍法七条二項五号の要請するその有効要件を欠缺することゝなり法律上当然無効たるに帰着し、被上告人は結局日本国籍を取得し得なかつたものである」旨判示して、被上告人の本訴請求を認容したのである。

しかし、旧国籍法七条一項によれば、「外国人ハ内務大臣ノ許可ヲ得テ帰化ヲ為スコトヲ得」たのであり、同条二項の規定はこの内務大臣のなすべき許可処分につき通常の場合における帰化の条件を定めているのである。すなわち内務大臣は法律に別段の定めのない限り(同法八条、九条、一〇条、一一条、一四条等参照)同条項一号乃至五号所定の条件を具備するか否かを審査し、その条件を具備すると認めた者に対してのみその帰化を許可すべきものであることはその法文に照らして明白である。しかしながら、一旦内務大臣がかゝる条件を具備するものと認定してその帰化申請を許可した以上仮りにその認定に過誤があり、客観的には該条件を具備しない申請人に対して帰化を許したことゝなるような場合においても、かゝる理疵を理由として取消の問題を生ずるか否かは格別少くともその許可処分を目して法律上当然無効となすべきいわれはない。けだし国家機関の公法的行為(行政処分)はそれが当該国家機関の権限に属する処分としての外観的形式を具有する限り、仮りにその処分に関し違法の点があつたとしても、その違法が重大且つ明白である場合の外は、これを法律上当然無効となすべきではないのであり、そして前示認定上の過誤の如きものが、こゝにいわゆる重大且つ明白なる違法といゝ得ないこと勿論だからである。(まして仮りに認定上の過誤ありとしても外国判例法上の解釈問題を包含する本件許可処分については、これを当然無効たらしむべき明白な違法ありとなし得ないこと一層明白であろう。)旧国籍法七条二項五号の規定が二重国籍の関係の発生を抑制せんとする法意に出でたものであることは多言を要しないところであるけれど、同法は必ずしも二重国籍の成立を絶対的に排除していないことは同法一一条の規定の存することによつても窺い得るのであるから、二重国籍関係の発生を理由として、法文上単に併列的に掲記されているに過ぎない一号乃至五号所定の条件中特に五号掲記の条件のみを捉えてこれを許可処分の有効要件と解することはできない。

それ故原審が前説示のような見地に立つて、たやすく被上告人の請求を認容したことは違法であり、原判決は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて民訴四〇七条一項に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官田中耕太郎、同栗山茂、同小谷勝重、同斎藤悠輔、同谷村唯一郎、同本村善太郎の少数意見がある外その余の裁判官全員一致の意見である。

裁判官田中耕太郎、同栗山茂、同小谷勝重、同斎藤悠輔、同谷村唯一郎、同本村善太郎の少数意見は次のとおりである。

帰化の申請を許可せんとするには、旧国籍法七条二項五号の規定により、その申請人が無国籍者であるか又は日本の国籍を取得することに因つて自動的に従来その者の有した外国籍を失うべきことを許可処分の有効要件と解するを相当とする旨、竝びに、本件では控訴人は原判示のごとく英国籍を失うものではなく、従つて、右の有効要件を欠き帰化の許可は当然無効である旨の原判決の判示は正当であると考える。

(裁判官 田中耕太郎 栗山茂 真野毅 小谷勝重 島保 斎藤悠輔 岩松三郎 谷村唯一郎 小林俊三 本村善太郎 入江俊郎 池田克 垂水克己)

上告人指定代理人石井良三、同堀内恒雄の上告理由

原判決には、帰化の要件を掲げている国籍法(明治三十二年法律第六十六号、以下旧国籍法という。)第七条第二項第五号の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決は、「右の規定(旧国籍法第七条第二項)によれば、内務大臣が外国人より帰化の申請を受理した場合、当該申請人において前記各条項に定める資格条件を具備するものでなければ、帰化の許可を与えることができないのであつて、右資格条件を充足することは、帰化申請に対する許可処分を与えるに当り、その効力要件をなすものと解するのが妥当である。前記法条を目して訓示規定となす見解には賛同し得ない。」と判示し、その理由として第一に、同項の立言の形式を挙げ、第二に、国籍の積極的抵触を防止することは、国籍法の根本理念であるから、これに反する許可処分は当然に無効であると説示しているが、上告人は、原判決のこの判断は法令の解釈をあやまつたものと考える。その理由は次のとおり。

旧国籍法第七条第二項は、「内務大臣(法務庁設置法施行后は法務総裁。)ハ左ノ条件ヲ具備スル者ニ非サレハ其帰化を許可スルコトヲ得ズ」と規定し、第一号から第五号までの条件を掲げているが、この規定の立言の形式から直に同項が帰化の効力要件を定めたものであると速断することはできない。この規定は、主として帰化の許可権を有する国家機関の裁量に一定の基準を与え、当該機関の恣意乃至は専断によつて国家の利益が害されることを防止しようとするものであるから、国家機関は当然この規定に拘束され、帰化の出願があつた場合には、出願者について同項各号の条件が具備しているか否かを調査し、具備していないときは、許可を与えることができないのである。条件が具備していないのに許可を与えた場合には、その処分は違法になる。こゝまでは議論の余地がない。問題は、違法な許可処分は、当然に無効なのか、それとも違法ではあるが、なお有効なのかという点である。問題がここまでくると、も早、規定の形式ではかたづかない。所謂字句の末にとらわれることなく、規定の実体を堀り下げて広く利害得失を検討して最后の断を下さなければならない。ことに、わが国の法制では従来から「………することを得ず」と「………すべからず」との観念上の区別が明確でない。前者の規定に違反するものは無効、後者の規定に反するものは然らずというように截然たる区別を附して使用されているわけではないのであるから、尚更らのことである。原判決は、この点について、二重国籍の禁止は、国籍法の基本理念なのであるから、これに反するような許可処分は、国籍法の根幹に正面より背馳することになり、到底これを是認することができないものであるといつている。上告人は、遺憾ながら見解を異にする。旧国籍法第七条第二項第五号の条件が帰化による国籍の積極的抵触を防止するために設けられた規定であり、こうした抵触をできるだけ避けようとすることが国籍法を貫く一つの理念であることは原判決の説くとおりであろう。が併し二重国籍の防止は、国際法の関係においても国内法の分野においても、決して原判決のいうほど絶体的なものではない。上告人は、二重国籍禁止の原則は、あくまで一の原則であつて、帰化によつて生ずる広汎複雑な法律関係を一挙にくつがえすほど絶体的なものだとは思わない。以下この点について述べる。

帰化は、いうまでもなく特定の外国人の出願に対し、国家が自由な判断によつて与える許可処分によつて成立する公法上の行為であつて、許可があれば、外国人はそれによつて日本国民という包括的な地位を与えられる。帰化の許可は、国家の自由な裁量によつて与えられるものであつて、国家は、出願の方式や許可の条件などについても自由にこれを定めることができるし、これらの方式や条件が具備している場合でも、許可を与えるか否かは、なお国家の自由である。国家がひとたび許可を与えれば、出願者本人は、これによつて日本国民たるの包括的な資格を取得し、この資格に基いて公法上及び私法上の広汎な法律関係が発生してくる。日本人として選挙権を行使することもあろうし、日本人でなければ取得できないような財産権を取得したり、日本の法律の下で相続が行われたりすることもあろう。しかもこのことは、ひとり出願者本人についてだけでなく、その子についても生ずるし、旧国籍法の下においては、本人の妻についても生ずるのである。さらに各国の立法例では、自己の志望による外国国籍の取得は国籍喪失の原因とされているので、日本への帰化によつて本人及び場合によつてはその妻子もまた原国籍を喪失する場合が多いのである。

帰化の効果及びこれに伴う右のような広汎な法律関係の発生変更を考慮に入れると、帰化を無効として、これらの法律関係全部を一挙に覆えすためには、重大な公益上の理由がなければならないと思う。しかも帰化について絶対無効を認めれば、この無効は、長年月を経過した後においても主張することができるのであるから、その無効原因は、長年月の間安定して来た法律関係を一挙に覆えすもやむを得ないという程の強いものでなくてはならない。

旧国籍法第七条第二項第五号の条件に違反して帰化の許可が与えられると、その結果として、国籍の積極的抵触を生ずるが、国内法の分野から考えれば、日本国民が同時に外国の国籍を有することそれ自体は、直接に日本国の利益を害するものということはできない。現に旧国籍法自身が国籍の積極的抵触の発生の可能を前提とした規定を設けており(例えば、第五条第一号、第二号、第四号、第二二条、第二三条、第二五条、第二六条等)しかも、この抵触を解消せしめる措置を講じていない。新国籍法の下においても、こうした抵触を生ずる可能性があることに注意されなければなるまい。本来旧国籍法第七条第二項第五号の規定は、同法第二十条の規定に対応するものであつて、これらの規定の立法の沿革に徴すれば、その趣旨は、国籍変更の自由の精神に立脚するとともに、国籍の積極的抵触は忠誠義務の抵触を生じ、国際関係上好ましくないというところにあるように思う。然し、国籍の積極的抵触を絶体に不可とし、これを禁止する国際法の原則は、現に成立するに至つていないのであるから、前記第五号の規定は、要するに、日本国の国家的利益を直接に保護することを眼目とするものではなく、国際関係上、一般に好ましくない国籍の積極的抵触を防止する趣旨から、日本国の国際協調の態度を表明したものであるということができる。従つて、同号の規定に違背して帰化の許可が与えられたとしても、それは既に述べたような帰化によつて生ずる広汎な法律関係を一挙に覆し、法律関係を極めて不安定な状態に置いても止むを得ないという程の理由となるものではないと思う。この意味において、第一審判決が、旧国籍法第七条第二項第五号の規定を訓示規定(妥当な用語ではない。)と判示したのは正当であつて、原判決が、これを効力要件と解して、同条項に違反した帰化の許可は当然に無効であると判示したことは、法律の解釈適用を誤つた違法があるものであつて、全部破毀を免れないものと考える。

旧国籍法第七条第二項の規定が、訓示規定であるということは、決して行政官庁の恣意を許せという意味ではない。既に述べたように、行政官庁は、もとより同項の規定に拘束される。行政官庁は、帰化の出願があつた場合には、出願者について同項の条件を具備するか否かを精細に調査する義務がある。たゞ実際問題として同項所定の条件を正確に調査認定することは、容易なことではない。住所と居所との区別、居住期間又は出生年月日の調査、品行方正であるか否かを認定する標準の設定等相当な困難を伴うので、時に過誤なきを保し難い。このことは、前記第五号の条件の調査について、特にその感が深い。行政官庁は、常に各国の国籍に関する生きた法令と判例を整備して不断の研究を続けるべきである。このことはいうべくして行われ難い。しかも現状においては全く不可能でさえある。疑わしい場合には、在外機関を通して出願者の本国政府に照会するであろう。照会に対する回答は正確であるべき筈であるが、常に必ず正しいという保証はない。現に本件の場合においては、英国の利益代表であるスイス公使が間違つた証明をしているのである。殊に長期にわたる交戦状態が存する如き場合や、その国の国籍法に改正が行われている場合、本件に関係ある英国においての如く、その国籍法(一九一四年イギリス国国籍法及び外国人身分法)に、国籍変更自由の原則を採用した規定(第十三条)を置きながら、判例法上戦時中はその規定の適用が排除されているような場合においては、生きた法令を確認することは容易なことではない。こうした事情の下に、行政官庁の認定が、たまたま客観的真実に符合していなかつたからといつて、帰化を無効とすることは、果して法の精神に適合するものであるかどうかを上告人は疑うのである。こうした場合には、許可処分は、違法ではあるが、なお有効なものとして扱うことが、却つて法律関係を妥当に規律する所以であると考えるのである。上告人が、旧国籍法第七条第二項の規定が訓示親定であるというのは、まさにこの意味においてであつて、決して行政官庁の専断を法認しようとするものではないことを念のために申し添えて置きたい。

上告人の右の見解に対しては、次のような反対論があるかも知れない。

日本国憲法は、第十条で「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定しており、同条の法律が即ち、国籍法である。何人が日本国民であるかは、日本国の構成に関する基本的な事項であるから、日本国籍の得喪に関する事柄は、本来国籍法において、客観的に且つ明確にこれを定めるべきものであつて、或る種の行政行為のように、行政官庁の認定を尊重し、又はこれに所謂裁量の余地を与うべき性質のものではない。こうした観点から、旧国籍法第七条第二項は、法務総裁は、同項各号の条件を具備する者でなければ、その帰化を許可することができないと定め、帰化を許可する場合の前提条件を規定したのである。従つて、法務総裁は、国籍法第七条第二項各号の条件を具備する者に対してのみ帰化を許可するか否かの裁量権を有するのであつて、右各号の条件を具備しない者に対しては、帰化を許可する権限がなく、仮りに許可しても、その許可は無効である。換言すれば、旧国籍法第七条第二項の規定は、法務総裁が帰化を許可する場合における単なる行政上の基準乃至は適法要件を定めた所謂訓示規定ではなく効力要件そのものを定めたものとみる方が妥当であるという議論である。

しかし、上告人は、既に述べたような理由から、こうした見解が正当であるとは思わない。旧国籍法第七条第二項を如何に解釈するかは新国籍法(第七条参照)の下における帰化の取扱にも重大な影響を及ぼすことになるので、この際特に最高裁判所の御判断を仰ぐため上告に及んだ次第につき、すみやかに適正な御裁断を賜りたいと存じます。

以上

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